土佐の歴史特集

【王政復古~廃藩置県】

全国に先駆けた四民平等

 明治三年(一八七〇年)には進歩的な政策を打ち出していきます。江戸時代は身分制度があり、政治は武士が行うものでした。しかし、高知藩ではこの年の七月に、福岡の主導のもと、平民をも議員とした議会が開かれました。まだまだ試験的な試みで成功には至りませんでしたが、一二月には全国に先駆けて「人民平均(じんみんへいきん)の理(ことわり)」(※注14)が宣言されました。全国から注目を集めたこの政策に対し、明治政府は全国へ導入するのは時期尚早(じきしょうそう)と判断して、高知藩のみに実施を認めました。
注14 明治三年(一八七〇年)一一月三日、政府に提出された条文の第一条には、「士族(しぞく)(もと武士階級)だけが文武(ぶんぶ)を修めるという常識を捨て、人はすべて平等だ」と定めており、画期的(かっきてき)な条文でした。
出典:「幕末維新の土佐 人物紹介」