土佐の歴史特集

【ペリー来航から王政復古まで】

山内容堂の藩主就任

 土佐藩の初代藩主・山内一豊(やまうちかつとよ)は、慶長五年(一六〇〇年)の関ヶ原(せきがはら)の戦(たたか)いで功績を挙げ、徳川家から領地(りょうち)を大きく増やしてもらって、掛川(かけがわ)(現在の静岡(しずおか)県)の領主から土佐の領主となりました。
 それから二五〇年近く経った嘉永元年(一八四八年)、土佐藩主・山内家の分家に生まれた山内容堂(やまうちようどう)は、突然、一五代藩主となりました。実は先代の一四代藩主は就任してから一二日で急死してしまったのです。本来なら後継者不在を理由に土佐藩は取り潰されるところでした。しかし、徳川幕府から土佐藩の存続が認められました。
 この一豊(かつとよ)の領地加増と、容堂(ようどう)の藩主就任における経緯があったため、山内家は徳川家に大きな恩義を感じていました。
出典:「幕末維新の土佐 人物紹介」