土佐の歴史特集

【王政復古~廃藩置県】

廃藩置県

 明治四年になり、政府の依頼を受け、薩摩(さつま)の西郷隆盛(さいごうたかもり)と長州の木戸孝允(きどたかよし)が来高し、板垣退助(いたがきたいすけ)・福岡孝弟(ふくおかたかちか)と高知で会議を行いました。会議では、東京警衛(けいえい)のため、鹿児島(かごしま)(薩摩)・山口(長州)・高知の三藩から兵を出して御親兵(ごしんぺい)(明治政府直属の軍隊)とすることが決まりました。明治政府はこの御親兵(ごしんぺい)の確立を待って、廃藩置県(はいはんちけん)を断行しました。これまでは、藩が一つの国のようなもので大名が治めていましたが、藩が廃止され、県という行政区分が確立したことによって、武士による政治が完全に終わりを告げました。
 幕末以来、土佐藩が果たした役割は大きく、その流れはさらに自由民権(じゆうみんけん)運動へと繋がっていきます。
出典:「幕末維新の土佐 人物紹介」